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広島高等裁判所 平成10年(ネ)434号 判決 1999年1月12日

控訴人

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

植村裕之

右訴訟代理人弁護士

倉田治

児玉康夫

被控訴人

大田文子

右訴訟代理人弁護士

中井克洋

主文

一  原判決中、被控訴人と控訴人との間の主文四項を取り消す。

二  右取消しに係る被控訴人の請求を棄却する。

三  控訴費用中、原審において控訴人と被控訴人との間に生じた分及び当審において生じた分は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文と同旨

第二  事案の概要

一  原判決が「第二 事案の概要」と題する部分に記載するとおりであるから、これを引用する(ただし、被控訴人の控訴人に対する請求に関する部分に限る。)。

二  控訴人の控訴理由

1  原判決は、本件保険約款の無保険車傷害条項においては、保険金請求権者は「被保険者またはその父母、配偶者もしくは子」と規定され、被保険者の兄弟姉妹はこれに含まれていないが、右保険金請求権者の規定は例示として列挙されていると解するのが相当であるとして、被保険者の姉である被控訴人の保険金請求を認めた。

2  しかしながら、保険契約は、約款によって締結される附合契約であるから、契約の内容は、約款により定められ、当事者の意思や知・不知にかかわらず拘束力を有するものである。約款の保険金請求権者の範囲を定めた規定は、無保険車傷害条項による契約の中核をなす約定であり、これが明確にその範囲を限定して定めている以上、これを例示として列挙したものと解する余地はない。

3  右無保険車傷害条項は、昭和五一年の創設以来、右規定を保険金請求権者を限定列挙したものとして運用されており、これは商習慣でもある。

4  したがって、被保険者の姉である被控訴人については右保険金請求を認めることはできないというべきである。

三  被控訴人の反論

1  無保険車傷害条項における保険金請求権者の規定は、民法七一一条についての判例の立場と同じように、兄弟姉妹であっても、父母、配偶者、子と同視できる特別の事情がある場合には、類推適用され、兄弟姉妹はその慰謝料分の保険金を請求できると解すべきである。

2  無保険車傷害条項を設けた趣旨が、被保険者ないしその近親者の被った損害につき、相手方である加害者が無保険であることにより十分な補償を受けられない場合に、これを保険会社がてん補することにあることからすれば、近親者に法律上損害賠償請求権が認められる場合には、無保険車傷害条項により保険でてん補されると解するのが右条項の趣旨、すなわち当事者の意思に沿うものである。

3  無保険車傷害条項により保険契約をする当事者の通常の意思解釈として、兄弟姉妹も保険金請求権者に含まれると解するべきであり、保険約款の保険金請求権者に関する規定には、これが限定列挙であるとの記載はなく、契約時にその旨の説明もされていない。そうすると、公平の観点からも、右規定は、制限列挙ではなく、例示として列挙されたものと解すべきである。

第三  当裁判所の判断

一  前記第二の一の各事実及び証拠(甲四の1ないし3)並びに弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。

1  本件交通事故の被害者である智之が控訴人を保険者として締結していた自動車保険は、自動車総合保険契約(PAP)であるところ、右保険には、無保険車傷害条項が設けられている。

2  右条項は、対人賠償保険の被保険者が他の自動車により損害を受けた場合に、他の自動車が無保険車であると十分な補償を受けられないことがあり得ることから、このような場合に備えて、昭和五一年に導入された損害保険である。

3  右条項では、保険者の支払責任は、無保険車事故により、被保険者又はその父母、配偶者若しくは子が被る損害について、賠償義務者である場合に限り、当該条項に従って生じるものとされ(一条一項)、保険金請求権者は、被保険者(被保険者が死亡したときは、その相続人。)、被保険者の父母、配偶者又は子とされている(二条六号)。

4  被控訴人は、被保険者智之の姉である。

二 そこで、検討するに、保険契約は、保険者と多数の加入者との間に締結されることが予定されるものであり、保険者が各契約者との間で個別に契約内容を約定することはその大量処理の面から困難であるばかりでなく、契約者間に根拠のない差異を設けることになれば保険契約者間の実質的な公平も損なわれることになる。このため、保険会社は、標準的な保険約款を設け、加入しようとする者は、別段の意思表示をしない限り、当然に右約款に定められた約定に合致する内容の契約を締結することとされており、このため、そこに定められた約定は、強行法規に触れない限り、各当事者の意思や知・不知にかかわらず拘束力を持つものと解される。このような保険契約の性質に照らせば、各約定の内容が一義的明確なものでなければならないことは当然のことである。

ところで、被保険者が死傷した場合に、民事上、損害賠償請求権を有することとなる者は、被保険者本人及びその相続人のほか、近親者、被保険者の属する法人などに及ぶところ、保険約款上、保険金請求権を有する者を単に損害賠償請求権者と規定し、これらの者に一般的に保険金請求権を与えることも技術的には可能である。しかしながら、無保険車傷害条項では、これを被保険者(被保険者が死亡したときは、その相続人。)、被保険者の父母、配偶者又は子と個別的に特定して規定されていることは前記一3のとおりであり、これによれば、右規定の趣旨は、保険金請求権を有する者を、一般的な損害賠償請求権者のうち、特に右規定に定める者に限ることにあると解するのが相当である。

したがって、無保険車傷害条項の保険金請求権者は、損害賠償請求権者のうち、右に規定された者に限られるものであって、被保険者の兄弟姉妹は右保険金請求権を有しないものというべきである。

これに対し、被控訴人は、民法七一一条についての判例の立場と同じように兄弟姉妹であっても、右規定の類推適用が認められるべきであると主張する。しかしながら、そのような類推適用を認めることは、右規定で保険金請求権者を個別に規定した趣旨にも反し、右主張は採用できない。また、無保険車傷害条項を設けた趣旨が被控訴人の反論2のとおりであるとしても、損害賠償請求権者のうち、どの範囲の者を保険金請求権者とするかは、その保険料率等の契約内容を総合的に検討した上で約款上定めるべきことであり、右規定の趣旨をもって、直ちに保険金請求権者の範囲を類推し拡張して解する根拠となるものではない。したがって、この点についての被控訴人の主張も採用できない。さらに、保険約款には、これが限定列挙であるとの記載はなく、契約時にその旨の説明もされていないと主張する点についても、約款の右規定は、それ自体不明確なものではなく、また、約款の附合契約としての性質からすれば、このことが個別に説明されなかったことをもって、これを例示列挙と解すべき根拠にはならない。したがって、被控訴人の右主張もまた採用できない。

三  以上の次第で、被保険者智之の姉である被控訴人の控訴人に対する本件の保険金請は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、原判決は不当であるから、これを取り消した上、被控訴人の請求を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 笠原嘉人 裁判官 金子順一)

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